2013芥川賞は『abさんご』。文体がスゴイ。

ずいぶん久しぶりの更新になってしまいました。
今年もぼちぼちよろしくお願いいたします。

というわけで第148回芥川賞。
最高齢で受賞というのが話題の黒田夏子さんですが、作品の文体がすごいですね。

『abさんご』(冒頭)

a というがっこうとb というがっこうのどちらにいくのかと,会うおとなたちのくちぐちにきいた百にちほどがあったが,きかれた小児はちょうどその町を離れていくところだったから,a にもb にもついにむえんだった.その,まよわれることのなかった道の枝を,半せいきしてゆめの中で示されなおした者は,見あげたことのなかったてんじょう,ふんだことのなかったゆか,出あわなかった小児たちのかおのないかおを見さだめようとして,すこしあせり,それからとてもくつろいだ.そこからぜんぶをやりなおせるとかんじることのこのうえない軽さのうちへ,どちらでもないべつの町の初等教育からたどりはじめた長い日月のはてにたゆたい目ざめた者に,みゃくらくもなくあふれよせる野生の小禽たちのよびかわしがある.
 またある朝はみゃくらくもなく,前夜むかれた多肉果の紅いらせん状の皮が匂いさざめいたが,それはそのおだやかな目ざめへとまさぐりとどいた者が遠い日に住みあきらめた海辺の町の小いえの,淡い夕ばえのえんさきからの帰着だった.そこで片親とひとり子とが静かに並んでいた.いなくなるはずの者がいなくなって,親と子は当然もどるはずのじょうたいにもどり,さてそれぞれの机でそれぞれの読み書きをつづけるまえのつかのま,だまって充ちたりて夕ばえに染みいられていた.そういう二十ねん三十ねんがあってふしぎはなかったのだが,いなくなるはずの者がいなくなることのとうとうないまま,親は死に,子はさらにかなりの日月をへだててようやく,らせん状の紅い果皮が匂いさざめくおだやかな目ざめへとまさぐりとどくようになれた.ぎゃくにいえば,そうなれたからたちあらわれたゆめだ.
 ひきかえせないといういみでなら,もっと早いいつのまくらにただよいからんでもおなじだったろうが,どんな変形をへてでも親と子ふたりでくらす可能性ののこっていたあいだはもちろん,それが死によってかんぜんにうしなわれてもなお,帰着点がにがすぎればたちあらわれてはならないたぐいのゆめがあった.
 ゆめの受像者の,三十八ねんもをへだてて死んだふたりの親たちのうち,さきに死んだほうの親のゆめも,ふたりともが死んでしばらくたつまではほとんどたちあらわれなかった.受像者が,あとから死んだほうの親とふたりだけというじょうきょうでつくられたじぶんに淫しきっていて,それいじょうさかのぼった未定などじぶんがじぶんでないからはかかわりもないとかんじていたからか,かかわりがないというよりはむしろ,親ふたりそろっていてのじぶん,きょうだいがあったりするじぶんなど敵でしかないとかんじていたからか.
 親がふたりとも死んで,さらに年をへて,朝の帰着点がさざめきでかざられるようになった者が,ゆめの小べやの戸をあけると,さきに死んだほうの親がふとんに寝ていた.寝てはいたがいのちのあやういほど病んでいるというふうではなく,そうだったのか,あけさえすればずっとここにいたのだったかとなっとくした者は,じぶんの長いうかつな思いこみをやすらかにあきれていた.またべつのゆめで,親ふたりと子とがつれだって歩いていた.歩いてはいたが,さきに死んだほうの親がすでに病んでいるともわかっていた.なおるともなおらないともきまっていないところまではひきかえしたということ

リンク先www.bungaku.net/wasebun/pdf/WB25WEB.pdf#page=5

数字、帰着点、受像者など最低限漢字でないと分からない単語を除きすべてひらがな。カタカナも使われていません。面白いのは「親」は漢字で「ゆめ」はひらがななところ。確かにゆめはひらがなでもゆめだし、おやはひらがなにすると「おや?」とかと区別がつきにくいかも。あと「しぬ」も漢字で「死ぬ」という文字でないと伝わらないかもしれない。

思い出したのはケンブリッジ大学の研究と称しためちゃくちゃなひらがな文。こちらです。

こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく

ひらがなはゆっくり読まないと意味が分かりにくい。あわてて読むと上記のようなことが起きる。文学が、なんでも加速する現代にスローなリズムを思い出ささせる挑戦をしている、なんて勝手な解釈(笑)手に入れたいですが、書店で買えるかな?